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    HIRO

    • Author:HIRO
    • 某電機メーカーで、情報システムの営業職を経て、現在はマーケティングに従事。顧客の経営改善に寄与するためにビジネススクールに通い、中小企業診断士を取得。息抜きのサーフィン、サッカー、ランニングが最近楽しい。

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2011/03/22(Tue)

立教新座高校の校長メッセージ


立教高校の卒業式が中止され、校長からはメッセージが掲示された。
一部WEBでは、あまりに感情的・情緒的過ぎて中身が無い、という批判も見られる。
しかし、どうだろうか。

言葉は発した人が意図するとおりに伝わるとは限らない。
だからこそ、時と場合に応じた内容や言葉遣いが選ばれてしかるべきだ。

僕は、この春卒業することになった学生のみんなはこの春をきっと忘れないと思う。
その時の記憶として、人生における重要な言葉をもし得ることが出来たのであれば
それは十分この言葉が価値のあるものであることを示すことになると僕は思う。

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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

2011.03.17
学校からのお知らせ
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。

 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。

 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。

 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

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2010/11/20(Sat)

Roberto Baggio


In 1994 WorldCup, Roberto Baggio said

"Can not remove the PK, PK only those with the courage to kick."


1994年のアメリカワールドカップでロベルトバッジョが言った名言。

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」


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2010/11/14(Sun)

最近心に響く。

A certain surfer said.


It is a good thing to do it hard. Nobody laughs at the failure.
You should challenge it many times.it is surely much said that it is brave♪


This word sounds the heart.



あるサーファーは言ったんだ。


一生懸命やるのはいいことさ。誰もその失敗を笑ったりはしないよ。
何度もチャレンジすればいい。勇敢だってきっと褒めてくれるさ♪


心に響くね。


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2008/03/15(Sat)

反省

日々忙しくてしていると自分がどこに今いるのか。分からなくなるよね。


先日僕が心から好きな、というか心から尊敬している人がついにウチの会社で部長に昇格された。素晴らしいね。41歳は多分相当早い。でも、もっと早くなれた、というかするべきだった。

ビジネスマンとして、

人間性
知識
思考力
ドキュメンテーション力
コミュニケーション力

どれをとっても超一流。あ、先に言っておきます。今回は笑いなしです。かなり真剣です。



一年前に僕の異動を契機に一度宴席をご一緒させて頂いた。久しぶりだった。その時に聞いた話として

『今俺は前の部署にいたときももちろんそうだったけど、かなり、使命感を持って仕事をしている』

そう聞いたんだ。すばらしい。

そもそもその時は分からなかったんだけど、正しい仕事をする!、優れた仕事をする!仕事の成果に向けて努力をする!というのは多分相当な労働に対する倫理観が必要だと強く感じた。

深夜まで働いて、その成果物が批判される。もちろんそれはよりよくするためにどうするべきか、という前向きな議論であるわけなんだけど時として、イラっとするよね。 でも、あくまでも会社としてイイ仕事をするためにどうあるべきかと議論するのが大切なんだ。

忙しくなると

自分の仕事さえよければいい
伸びようとしている人を愚弄していないか、自分の都合からだけ見て相手を判断、評価していないか
視野が狭くなっていないか
目線が下がっていないか、目標を持てているか。
相手の立場を理解しようとしているか
夢を持てているか。

惰性で仕事をしていないか。
自分の仕事さえ良ければいいと思っていないか
成長できているか
自分を見失っていないか

刺激を与えることが出来る存在になれているか。

誰にでも出来る仕事しかしていない現状に至っていないか
自分だから出来る仕事を模索しているか。


思うことがたくさんあった。もっと頑張らないと。

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2007/02/04(Sun)

キャリアラボと学び


久しぶりにキャリアラボに参加してきた。

キャリアラボは小板橋氏が2001年から行っているキャリアカウンセリングに関する研究会で、同氏とはCDA(career development advisor)の同期なんだ。

URLはこちら。

今回は文化放送。どの業界にも板ばさみの仕事は存在するし、企業のカラーとして”どっちより?”というのは存在するものだ。メーカーなら営業強い、工場が強い、・・・。ただ、働いている人たちが楽しそうな感じが印象深い。

さて、その後、出席のメンバで飲みに行ったんだけど、いい話を聞いたんだ。


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読むことは人を豊かにし

話すことは人を機敏にし

書くことは人を確かにする


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気を引き締めて。


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2006/11/14(Tue)

爆笑!!


すばらしい。

Go! Show! Ha!

http://www1.ocn.ne.jp/%7Eslot777/dj3.htm

http://www1.ocn.ne.jp/%7Eslot777/dj4.htm
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2006/07/28(Fri)

今日

気に入った一言

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あなたが虚しく過ごしたきょうという日は

きのう死んでいったものが

あれほど生きたいと願ったあした


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恥じない生き方が出来ているだろうか。

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2006/03/22(Wed)

キング牧師のスピーチ

マーチン・ルーサー・キング牧師の有名なスピーチの一部を記載する。最近の戦争やナショナリズムの台頭が必ずしもいいとは思わないから。WBCで優勝したことは素晴らしい。しかし、それとナショナリズムは必ずしも一致するべきことではない。

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いつの日か、この国が立ち上がり、次の信条に本当の意味で基づくような国となることを、「我々は、全ての人間が平等に創造されたという真理を自明のことと考えます」私は夢みています。

いつの日か、ジョージアの赤い丘の上で、かつて奴隷だった者の子孫たちと、かつて奴隷主だった者の子孫たちとが兄弟愛をもって同じテーブルにつくことができることを。私は夢みています。

いつの日か、ミシシッピー州のように不正義と抑圧に満ちた州でさえも自由と正義のオアシスに変えられることを。私は夢みています。
いつの日か、私の幼い子供たちが肌の色によって評価されるのではなく、人間性によって評価されるような国で暮らすことができることを。


I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of it'screed,"We hold these truths to be self-evident,that all men are created equal".

I have a dream that one day on the red hills of Georgia,the sons of former slaves and the sons of former slaveowners will be able to sit down together at table of the brotherhood.

I have a dream that one day even the State of Mississippi, a state sweltering with the heat of injustice, sweltering with the heat of oppression,will be transformed into an oasis of freedom and justice.


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2006/03/12(Sun)

サミュエル・ウルマン『青春』

最近読んだ本の中で感動した詩があった。サミュエル・ウルマンという人の『青春』という詩だ。マッカサーが愛し戦後の財界人に愛された詩だ。

以下、岡田義夫訳-----------------------



青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(キョウダ)を

却ける(シリゾける)勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も(アタカも)長年

月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に(カイに)帰せしめてしまう。

年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰(セイシン)、その輝きにも似たる

事物や思想に対する欽仰(キンギョウ)、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く

求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。

  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。

  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして

偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽い(オオい)つくし、

皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ

人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。



以下英語原文---------------------

 

Youth is not a time of life; it is a state of

Mind; it is not a matter of rosy cheeks, red

Lips and supple knees; it is a matter of the

Will, a quality of the imagination , a vigor of

The emotions; it is the freshness of the deep

Springs of life.

 

Youth means a temperamental predominance of

Courage over timidity of the appetite, for

Adventure over the love of ease. This often

Exists in a man of sixty more than a boy of

Twenty. Nobody grows old merely by a number

Of years. We grow old by deserting our ideals.

 

Years may wrinkle the skin, but to give up

Enthusiasm wrinkles the soul. Worry, fear,

Self-distrust bows the heart and turns the spirit

Back to dust.

 

Whether sixty or sixteen, there is in every

Human being’s heart the lure of wonder, the

Unfailing child-like appetite of what’s next,

And the joy of the game of living. In the

Center of your heart and my heart there is a

Wireless station; so long as it receives messages

Of beauty, hope, cheer, courage and power

From men and from the Infinite, so long are

You young.

 

When the aerials are down, and your spirit is

Covered with snows of cynicism and the ice

Of pessimism, then you are grown old, event at

Twenty, but as long as your aerials are up, to

Catch the waves of optimism; there is hope you

May die young at eighty.


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