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2007/02/10(Sat)

カノッサの屈辱2007-携帯電話の歴史編-

先日カノッサの屈辱2007の講義を受けた。
その講義メモを以下に記す。

なお、今回は携帯電話の歴史がテーマである。

----------------------------------

この世の中ですべて神によって創造されており、
携帯電話もその範囲を外れないと教えられている。
万物の創造主によってアダムに携帯電話が手渡された様子を
ミケランジェロが描いた「携帯電話創造図」は既知の通りである。

人類は二足歩行をはじめてまもなく、電話という道具を使うようになった。
当時の人類に非常に多用された言葉であり、現代では使われなくなった言語に
「もしもし」があげられる。当時の人類はこの言葉を非常に重用した。
そのことから人類の先祖を考古学者たちは「ホもしもし=サピエンス」と呼ぶようになった。

時代は中世まで進み戦乱の世に突入していく。
その中で突出した実力を蓄えた電話国家を「神聖N帝々国(NTT)」と呼ぶ。
この国家は、アドレス海、話し中海に囲まれた地に
のちの「神聖ドコモ帝国(NTTドコモ)」を打ち立てていく。

「神聖N帝々国」は現代では見ることのない黒電話という初期型の武器を開発し
その領土を我が物としていった。
その後、新開発された武器が自動車電話である。
その自動車電話が現在の携帯電話のはしりであり、
この頃、「神聖ドコモ帝国」の建立が企画されていった。

そして、第一号機は7KGの非常に重い携帯電話を開発した。
その後3kg,1kg,700gその重量を減らしていった。
この移動式電話の重量が減ることを切望された時代を
「重量よヘレニズム時代」と考古学者は名称付けしている。

しかし、当時の携帯電話(=移動式電話)は非常に高価であり
一部の高層階級のみ利用されているもであり、富の象徴とされた。
現代では考えられないが、移動式電話を保持していることで
男のステータスは2割り増しと言われた時代でもある。
このように移動式電話が極めて高価で庶民には手が出せなかった社会制度を
「テレ封建制度」と呼んでいる。

その頃、東の地にゲルマン大IDO民族が発生し
「ミニモ」という兵器を開発し進撃を進めていた。
それに対抗し神聖ドコモ帝国も「ムーバ」を開発した。
このムーバは非常に強力な武器になり、ゲルマン大IDO民族が
積年の努力で集めた民衆をもとにした戦いに対し、電波の繋がりやすさを使い
ムーバが大勝を収める。
この戦いをムーバビロン捕囚と歴史上呼んでいる。

この戦いの後も両国とも多少の疲弊を経たせいであろうか、
新しい理念を打ち立てる隙を生み出した。
当時は相変わらず高価で庶民に手の出なかった携帯電話であったが
その原因は端末のレンタル制度という悪習によるものであった。
その制度に異を唱え、民衆への開放を訴求した宗教活動を
「携帯宗教改革」とよんでいる。
その中心的に提唱者は、当時ドラマ課長島耕作である種のロールモデルとなっていた
宅間ル=伸ルターという宗教家であった。

この買い取り自由制度は「バラ(売り)戦争」という安売り戦を引き起こすことになる。
この頃の国家状況は上記の2国に加え、Jフォランク帝国、ビザンツーカー帝国を加えた
4国の群雄割拠を呈していた。
このため、激しい安売り合戦が展開され、なかでもゲルマン大IDO民族はソニー王国と手を組み
新しいタイプの携帯電話を次々に投入するもまったくうれなかったと言われている。
そして、合戦はとどまることを知らず、ついに0円で端末が売られるという事態にまで
発展をした。しかし、その様子に当時も強大な権力を保持していた神聖ドコモ帝国は異を
唱えた。その携帯ただでくれるもんだということに異を唱えた神聖ドコモ帝国の会議を
「ただでクレルモン宗教会議」と呼んでいる。

また、当時は通話料が高く利用の進捗が無い中、その値段を下げることを回避するために
あらたにPHSという亜種の武器を開発し神聖N帝々パーソナルという分国も
建立された。しかし、「030」ではないことが災いし、貧乏の象徴のように扱われたことから
あっけなくその勢いを失っていった。

その頃から新大陸の探索を目指す動きが加速していった。
この大航海時代にメールという新文明を発見した場所を「アメールカ大陸」
とよんでいる。
そのメール文明を真っ先に持ち帰った航海士が「バスコ=織田=ガマ」である。
しかし、彼は後にゲルマン大IDO民族に買収され、大きな波紋を残したことは
史実上重要なことである。
そして、ゲルマン大IDO民族が気勢を上げ勢いづいている中、神聖ドコモ帝国は
地中奥深くで大変恐ろしい破壊力を持った武器を開発していた。
世に言う「iモード」である。
iモードはIDO民族が50文字、Jフォランク帝国が64文字のところ、250文字まで打て
各戦線を圧勝し聖地奪回を果たした。
この軍隊を250字軍と呼ぶ。

この頃メール文明は、活版絵文字印刷、着メロなどの文化を生み出し
メールルネサンスが到来した。
なお、着メロギルドと呼ばれるdwangoなどのギルドが大いに潤い
文化に華やかさを付け加えている。
一方で、黒パケ死病のような病も引き起こし、売春などの若年化を
引き起こす事態も引き起こした。
こうしたメールによる犯罪、使い過ぎによる破産などでメール暗黒社会をもたらした事態を
「テルでメール反動」と呼んでいる。
こうした事態に対しフィルタリングという機能を用いた受信囲い込み運動
が展開された。

この頃西の小国だったJフォランク帝国に強力な指導力を備えた女帝が現れた。
ノリカテリーナである。
この女帝は民衆の先頭に立ち「写メ」を押し続け、軍を引っ張っていった。
この姿勢を写実メール主義とよぶ。
なお、蛇足であるが、後に思想も民族もまったく異なる、よしもトルコ王国シャー=ジンナイと
結婚したことに首を傾げる歴史学者も少なくない。

この写実メール主義に対し、神聖ドコモ帝国は
「なぜそんなことをするのか、写真をとっても一切儲からない」と否定した。
こうした考え方を、通話で飛び交う知識をもとに民衆が回っていると定義し
知動説とよぶ。
一方、Jフォランク帝国は写メをとることで店に民衆が集まりそのサービスに
熱狂する様を店動説と呼ぶようになった。

その後、国外の力を手にし、Jフォランク帝国はブルボーダフォン王朝に
変化し、その力をますます巨大なものとしていく。
これによって大きな打撃を受けたのが、ゲルマン大IDO民族である。
ゲルマン大IDO民族はJフォランク帝国の攻勢にあい、
民衆は略奪され、国力を落としていった。しかし、この窮地を救ったのが
仲間ユキエリザベスI世である。
ゲルマンIDO民族が2001年に建国した大英U帝国の女王であり、
若者向け携帯電話改革を実施した。
そして、その復活を印象付けた新しい武器が
無敵艦隊「着うた」であった。

このように、大英U帝国、ブルボーダフォン王朝が女帝の力で勢力を拡大し続けた中
神聖ドコモ帝国は強い焦りを感じていた。
そこに、同じように女性の英雄に活路を見出そうとし
出現したのがジャンヌ=宇多田ルクである。
テレビ電話という武器を搭載したFOMA艦隊にて進撃を試みたのだが
当時のFOMA艦隊は、重く、大きすぎ、長時間の航海に持ちこたえることが出来なかった。
それにより、劣勢を覆すほどの武器にはならなかった。
このころの様子を、当時の学者であるガリレオ=ガリレイは次のように伝えている。
「それでも動画は動いている」

しかし、FOMA艦隊は神聖ドコモ帝国が切り札として期待していたため
多くの開発費を投入され、その破壊力に磨きをかけていった。
そして、新兵器としてFelicaという機能を搭載し
お財布携帯の制度を開始した。これを「免財布」とよぶ。
この開発計画を指揮したのが神聖ドコモ帝国の王女、加藤アン王女である。
彼女はその指導力から、他国の密偵に命を狙われることもあったが
ドコモダケというキノコ型の衛兵が守っていたといわれている。

こうした動きから神聖ドコモ帝国が勢力を維持しながら
大英U帝国が攻勢に出た結果、ブルボーダフォン王朝が体力を落としていった。
そこに現れたのが、各国で戦乱を引き起こし、その戦を治めてきた皇帝ナポレ孫=正パルトである。
彼は、ボナソフト朝バンク帝国を建立し、2006年に締結された「ベル左右講和条約(別名MNP制度)」を機に
携帯世界の制覇に乗り出す。
福岡の球技場の誓いを行い、
自分の国家内は通話メールの料金はゼロ円にする通話料閉鎖令を発し勝負に出た。
そして、高らかにこう宣言した。
「世の辞書に予想外はない」。
しかし、ボナソフト朝バンク帝国は内部の失政が続き、
十分な戦火をあげられたといえるほどには至っていない。


-----------------------------

携帯電話近代史は記憶に新しいが、中世の携帯電話宗教改革は
認識が不十分であり大変勉強になった。


これからも学習を続ける。

日時 2007/2/6 01:00-02:00 
教授 伊武雅刀
運営 ホイチョイ


この番組、またやらないかなつぼ、かも。
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コメント ▼


    
  • 仲谷昇のほうがいいな。
    ムリか。。

  • 仲谷昇頃ってしらないんだよねー。

    やっぱり、そっちのほうがいいのか。。。

  • カノッサ面白いよね。
    携帯史を世界史・宗教史になぞるあたりが
    わたしもツボです。

    復活をキボンヌ!

  • 同じく!

    復活をキボンヌ。


  • ちなみに、じょーって、カモフラージュしても

    俺は誰かわかっているぜー(笑)

  • わかってくれて光栄です。

    カモフラージュしてないよ。
    ハンドルネイムなのです。
    しかもばれても良いハンドルネーム。
    別に隠すつもりもないよ。
    ていうか、わかってほしー。

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