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    HIRO

    • Author:HIRO
    • 某電機メーカーで、情報システムの営業職を経て、現在はマーケティングに従事。顧客の経営改善に寄与するためにビジネススクールに通い、中小企業診断士を取得。息抜きのサーフィン、サッカー、ランニングが最近楽しい。

      ツイッターアカウントは@hiro761006です。
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2005/05/29(Sun)

ルーツ

振り返ると何故こんな苦しい修行のようなことを僕は始めたのか。中小企業診断士の勉強についてである。最近の停滞を打破するために、一度原点に戻り、このブログで改めて宣言したい。


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直接のきっかけは、一つ。父親との面会だった。ただ、その話しに入る前に数ヶ月戻りたい。

ベンチャーから現在の会社に移った後から当時(2002年8月ごろ)までの期間で最大の金額の仕事をしていた僕は、とても悩んでいた。

それは、自分の提案の差別化や自分が提案に果たしている役割と占める価値などである。仕事においても(プライベートも)他人に頼らざるを得ない部分が多ければ多いほど、時間や進捗を自由に管理できなくなる。その提案も規模が大きく関係者が多く、自分の管理が聞かない部分が多かった。
本来的には全ての仕事は自分ひとりで完結できてるのが望ましいと常に考えている。しかし、総合的に生産性を向上させるために、分業制を敷き、専門化を図るというのが現実の企業だと思っている。(もうちょっと言うと+標準化と単純化の3S)

そういう理想からすると自分の当時の現状は甚だ不満足な状況であった。出来の悪い自分にとても腹が立った。そういう苛立ちの日々において、会社の研修に参加したら、慶応大学の助教授だった方のマーケティング論の概論について授業を受けた。

内容はフレームワークについてやケースメソッド(サウスウェスト航空とドトール/スターバックス)だった。言葉には表しがたいが、いなづまが走るような衝撃を受けた。僕が大学時代に学んだものとは全く違うものだった。少なくとも当時の僕には。

ここで、マーケティング、そして戦略論、組織論と学びたい分野が急に出来た。では、何故その対象が中小企業診断士になったのか?

それを説明する為に、同じく時間は8月頃に戻る。


当時は親友のKくんに子供が生まれる時だった。同世代の友人が父親になったという事実に多少うろたえていた。2000年頃に僕は生まれて初めて父親に手を上げた。その事から丸2年全く父親と音信不通のままだった。親友が親になるのに、僕は自分の親とのけじめもつけられないでいたからだ。自分の未熟さを恥じて、とっても勇気が必要だったけど、父親に会いに行く事にした。

振り返れば、僕の人生は父親の影響が大きかった。和太鼓を始めたのも、父の影響だった。父親が祭りが好きで新興住宅街に祭りを作るという志を持ち、手作り神輿を数人で作り、祭同好会という地域の団体を作ったのがきっかけだった。その後団地内の殆どが参加するなどとても大きな団体になっていた。そんな団体の創設者としての父を僕はとても尊敬していた。読書を好きになったのも父のお陰だ。4歳くらいの僕が雨の中父を車で迎えに行くと日本昔話の絵本を買ってくれて、一緒の布団で読んで聞かせてくれた事だった。大学を経営学科を選んだのも父のアドバイスが大きかった。本当は文学部で好きだった夏目漱石など文学を学びたかった。しかし、仕事選択の事を考えたアドバイスから経営学科を選んだ。

そんな父親の影響を僕はとても受けている。そんな父親は自慢だったときもあるし、心の中では本当に反抗するような時もあった。そんな父親にあの事件を乗り越えるために会いに行った。

何か言葉にならない時間だった。

父は、リタイアして長野の山奥で自然と共生するように生きていた。朝起きてまず、風のにおいをかいで、俳句や短歌を作る。そして、草木染を行い、読書をする。居間にはお手製の土間があった。下町生まれだけあり、とても和風だ。僕は父の近況を聞きながら、言葉にならず持っていった日本酒を飲み続けていた。酔いも回ってきたが、一つとても大きなものを僕は発見した。


僕はこの人の息子だということだ。


しぐさや価値観、考え方が自分で驚くほど、父と似ていた。ルーツを発見できたというのは僕にとても大きなインパクトを与えた。それはある意味では抗しきれない運命でもあるかのように感じた。当時の僕はその心境を次のメールのように書いていた。

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2002年の心境を綴ったメール
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Re[3]: みんなありがとう!!

この3連休を使い、長野に行って来ました。
佐久というところです。
ここには僕の父親が住んでいます。
彼は離婚した後、僕の転職と日を同じくして、
この地に移り住みました。
その数週間前に僕は初めて父親に手を挙げました。
その時の父親の小ささが僕をとてつもない暗やみに包んだ事は言うまでもありません。
それ以来、けんか別れに近い形で今日まで来てしまったこと、
それが心のどこかに楔となって引っかかっていました。
だけど、3人の結婚、そして、人の親になる君たちの姿を見て
僕は自らの姿勢を改め、謝るのではなく、ただ会いに、元気だという報告だけでも
しようと決意し、彼の地に赴く勇気を持てました。

そこでは、持参した八海山を二人であっという間に飲み干して、
二人してべろべろになったまま、寝てしまったよ。
だけど、僕は父に会い、僕のルーツがどこにあったのか、
それを再認識する事が出来ました。
父と母の教育、しつけ、判断基準その他諸々があって、今の僕がいます。
そして、結果として、良い息子ではないかも知れないけど
僕が今居ることとそのルーツを誇りに思うことが出来ます。

父は長野の山深くでとても幸せそうでした。
既に58才になろうとしてますが、無職無収入です。
朝起きて、風の臭いを嗅ぎ、万葉集を読むことが最近の日課です。
お風呂は五右衛門風呂で、薪をくんでお風呂を沸かします。
自分で作ったいおりで魚をあぶりながら、川柳や俳句を楽しんでいます。
同時に読書が何よりも好きで、その知識たるものはかり知れません。
髪を完全に剃ってしまっていて、傍目に見ると少し怖いかも知れませんが。
だけど、俗世の出世や金、色恋に惑わされず
冬になれば、家の半分が雪に埋まる厳しい自然の地で
自然と共に生きている姿に心打たれました。


人の幸せが何かと言うことを改めて問われている気がします。


もちろん生きていくために、金も出世も必要です。
時にその俗世との関係を絶つことは逃げだと感じることもあります。
そして、それもまた真実でしょう。
しかし、鋼の爪も持たず、力もない人間が生きていくには
学ぶことにこそ活力が埋まっています。
それもまた、真実です。
そして、家族をもうけ、子を授かり、子孫を繁栄することも
また、人の定めだと思います。
全てが真実である中で、みんなはどうやっていきますか?
人は生まれた瞬間から、死ぬために生きています。
終の棲家をここと決め、自らがありたい姿で生き抜く人の姿を見たとき
僕は何のために生きているのか、強く考えさせられました。


結婚した○岩、あ○○、ゆ○○。
本当におめでとう。
僕は新しい一歩を踏み出す決断をした君たちを心より祝福し、尊敬します。

最近非常に寒くて、みんな風邪など引かぬように。
忘年会、新年会是非盛大にやろう!
ここの家族、恋人ももちろん参加OKよ!
え??○原が幹事をしたいって??
どうするみんな?


HIROでした。


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2002年の心境を綴ったメール
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その父が中小企業診断士だった。父親の自慢のようでいやだが、父は体が弱く短大にしか入れなかった。しかし、国家公務員として通産省に入省した。短大からは千人に一人とかの割合だったようだ。講演を聞いた先生の下で働きたい、そこ以外の部署なら断ると言った面接が受けたようだ。真面目で勉強家の父らしいと思う。その父は入省後数年して日本経済の中核を担うのはこれからは中小企業だと思ったようだ。そして、自ら望んで国家公務員の職を辞して地方公務員に下った。国家公務員時代の上司が、下り先の新しい上司に宜しくして頼むと昇進も打診したらしいが、個人の力ではないそういう仕組みをはっきり断ったのも不器用で無骨な父らしいと思う。その父は県庁にて中小企業診断士として地方経済の活性化のために力を尽くした。正月には先生名義で父宛に年賀状が来ていたのを良く覚えている。


仕事での危機感/飢餓感と友人が親になる事、父親との再会に見つけたルーツ、そして中小企業診断士という仕事。そういう複数の要因が一気に結びついて僕は勉強しようと決意した。

合格のために、考えなければならない事が一つあった。当時付き合っていた彼女のことだ。結婚しようとも思っていた。人生の選択としては大きな分岐点だ。そして、彼女と別れ、勉強に邁進する事を選択した。ただ、勉強したいがために彼女と別れたのではなく、彼女にはもっと相応しい男がいると思ったのも理由の一つだが。結果的には、別れた彼女のためにも!という事が継続していく中で大きなモチベーションになった。(勝手だなとも思う。)



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朝から音楽聴きまくりの一日だった。

Black Eyed PeasやMaroon 5、Nelly、Will Smithなど最近のお気に入り洋楽から、THC!!やDef Tech、soul campなど流行の邦楽、BLUE~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKIまで一日部屋で聞いていた。まったくモチベーションが上がらない。

しかし、それも今日までだ。僕はもう一度ギアを入れて勉強する。残時間は実質5ヶ月無い。残された時間は決して多くない。しかし、進むべき道を今一度はっきり見据える事が出来た。



必ずやりきってやる!


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コメント ▼


    
  • TBありがとうございます。

    HIROさんの父親の生きざまに感動します。
    立派な父親の存在があってこそ、今のHIROさんがいらっしゃるのでしょうね。

    ところでモチベーションの維持は、自分も苦慮しています。
    しかし受験仲間の存在と、知識を蓄積し活用できる資格
    だということが、モチベーションの維持につながっています。
    合格まで一緒に頑張りましょう!!

  • 僕はまだまだですが、しっかり頑張りたいと思います!

    顔の見えるコミュニケーションの中でモチベーションの維持を図りましょう!

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